ラビットアイランド(広島)の歴史とは【うさぎの楽園】

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うさぎといえば、長い耳が特徴で子供から大人まで多くの人に好まれている動物です。海外でも人気で、お伽話や映画、そしてアニメなどジャンルを問わず登場します。

そんな中、外国人がインターネットで検索して行きたがるうさぎ島とも言うべき「ラビットアイランド」がこの日本のどこかにあると言います。いったいなぜうさぎがそこにいるのでしょうか?

場所は広島県竹原市。忠海港から船に乗ること約10分の場所にあります。うさぎがいる理由を見ていきましょう。

[st-kaiwa4]うさぎの島があるらしいパラ。なんでうさぎがいるパラ?[/st-kaiwa4]

ラビットアイランドが外国人に人気!

見渡すとすぐに見つかるうさぎは、道の真ん中にも植え込みの下にもベンチの向こうにも、そこら中にいます。

人慣れしているのか、逃げる素振りを見せない。それどころか、歩くたびに次から次へとダッシュで寄ってきてくれます。ウサギ好きにはたまらない聖地!

周囲4kmほどの大久野島、外国人にはラビットアイランドと呼ばれています。現在は野生のウサギ約700羽が気ままに暮らしていますが、なぜうさぎがこんなにもいるのでしょうか?

大久野島は毒ガス島だった歴史

1971年にどこかの小学校が飼いきれなくなったウサギ8羽を放したことがきっかけで繁殖していき現在の数に膨れ上がったと言う説がありますが、その一方で、『毒ガス実験用のウサギの子孫』という噂もあります。

っというのも大久野島は戦時中、秘密裏に毒ガス兵器の開発・製造が行われた「毒ガス島」だったのです。

当時、大久野島には数戸の民家があり、田畑の耕作や漁業を営んでいましたが、1927年に旧日本陸軍が軍用地として全島を接収し、当時ジュネーブ議定書で国際的に禁じられていた毒ガス兵器の製造に着手しました。

皮膚を破壊するイペリットガスやルイサイトガスが中心と言われ、その毒性を知るために実験動物としてうさぎが選ばれました。

戦後に連合国軍総司令部(GHQ)が徹底した毒ガス排除を行った際、大量にまかれた薬品によって島の動植物は失われたと言われています。

少しでも毒ガスの薬品が残るとその後の生態系に取り返しの付かない悪影響が出てくる恐れがあったためです。

これによりうさぎの天敵となるヘビなどもいなくなったと思われます。そして無人化された町並みと毒ガス島としての傷跡だけが残った大久野島が、ただ密かに浮いていました。

大久野島の復活

日本が高度経済成長期に入り再び息を吹き返します。

アウトドアレジャーを推進するためにできた「休暇村」が1963年に誘致され、海水浴場・キャンプ場・テニスコート・温泉などのリゾートアイランドとして生まれ変わりました。

もちろん歴史も忘れません。毒ガス資料館や毒ガスの遺跡なども残しており後世に語り続けています。

大久野島はうさぎブログで外国人の注目を集めた!

2014年3月のこと、キャンプにやってきた外国人観光客が「ラビットアイランド」としてブログに紹介!そのうさぎの多さと人慣れした光景に驚いてしまいました。

それをきっかけにうさぎ愛好会らを中心に海外からも足を運ぶ人が急増し注目を集める人気島へ。かつて「利用」していたうさぎ…、そのうさぎに今度は助けられています。

ラビットアイランドの場所

  • 場所:大久野島
  • 住所:広島県竹原市忠海町大久野島

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まとめ ウサギが観光客を呼ぶ大切なマスコットに

今はウサギ効果もあり、年間約10万人が訪れるほどの人気観光スポットになっています。うさぎにより広島県は多くの経済効果を生んでいます。

[st-kaiwa2]野生なのに人慣れしているパラ。うさぎ好きにはたまらない魅力溢れる大久野島に観光で行ってみるパラ。[/st-kaiwa2]

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