5月~8月

青森ねぶた祭2019年の日程と由来(歴史)

青森ねぶた祭の迫力が凄い!「4コマ漫画」

青森ねぶた祭りは仙台の七夕まつり、秋田の竿燈まつりと並ぶ東北三大祭で、毎年多くの人達で賑わいます。

ハネト(跳人)と呼ばれる踊り子たちが「ラッセラー!」の掛け声とともに跳ね歩くさまに圧倒!間違いなしです。

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実際に間近でみたいパラ!いつあるパラ?

青森ねぶた祭りの日程

青森ねぶた祭りは青森県青森市で開催される夏の一大イベント。大迫力のあるお祭りで、全国テレビでもよくライブ中継されています。

前夜祭である青い海公園での催しを含めると、開催期間は青森ねぶた祭り8月1日(火)から7日(日)までになります。

ねぶた祭り開催概要

  • 日程:2019年8月1日(火)~7日(日)
  • 人出:約300万人
  • 場所:青森市中心市街地
  • 雨天:決行
  • 時間:18時~21時頃まで
  • 8月1日「前夜祭」
    青い海公園特設ステージ)
  • 8月2日:19時10分~21時
    子どもねぶた(約15台)・大型ねぶた(約15台)運行
  • 8月3日:19時10分~21時
    子どもねぶた・大型ねぶた運行
  • 8月4日:19時10分~21時
    大型ねぶた運行(約20台)
  • 8月5日:19時10分~21時
    大型ねぶた運行
  • 8月6日:19時10分~21時
    大型ねぶた運行・ねぶた大賞他各賞の発表
  • 8月7日:13時~15時
    大型ねぶた運行(約20台)
  • 8月7日:19時15分~21時
    青森花火大会・ねぶた海上運行(青森港)
  • 問い合わせ先
    青森ねぶた祭実行委員会事務局
    (公社)青森観光コンベンション協会
    電話:017-723-7211
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青森ねぶた祭りの見どころは?

青森ねぶた祭りではどのようなことを行うのでしょうか?

見どころは、なんといっても大型で迫力のある山車の「ねぶた」。高さが約5メートルにもなるねぶたは、全てねぶた師と呼ばれる職人の手作りで出来ています。

製作期間は約3ヶ月。総額2,000万円もの費用を費やし制作されます。幅9m奥行き7m高さ5mの制限の中で作られますが、台車を含める重さは4トンにも及びます!

骨組みを針金でつくり、その上から和紙を貼り合わせて形を作っていきますが、和紙は約2,500枚もの数量が必要です。

「青森ねぶた祭り」と「弘前ねぷた祭り」の違い

青森ねぶた祭りは、七夕祭りの灯籠流しの変形だと言われています。古来から津軽地方にあった精霊送りの灯籠が変化して、人形や扇などの「ねぶた」になったようです。

青森県で行われるねぶた祭りには、青森市で開催される「青森ねぶた祭り」、そして、弘前市で開催される「弘前ねぷた祭り」などがありますが、山車の高さや人形の作りに違いがあります。

ところで、「ねぶた」と「ねぷた」とそれぞれ呼び方が異なります。いったいなぜ?その理由は、夜の禊行事で「眠い」が地方の方言によって違うことが由来しているため。

弘前などの津軽地方は津軽弁で眠いを「ねぷたい」と言い、青森などの南部地方は南部弁で眠いを「ねぶたい」と言うことから呼び方の違いにつながりました。

そして、双方の祭りの大きな違いは、祭りの盛り上がり方と華やかさにあります。

弘前ねぷた祭りは「ヤーヤドー」の掛け声を掛けながら練り歩くのが主な伝統ですが、青森ねぶた祭りは「ラッセラー」の掛け声と軽快なリズムで跳ね回る踊り子が特徴的。この人達を跳人(ハネト)と呼んでいます。

青森ねぶた祭りに参加する方法

誰でも参加できるのでしょうか?

青森ねぶた祭りは、一般の人でもハネトに参加することができます!ピョンピョン飛び跳ねてラッセラーって叫びましょう!

青森ねぶた祭りにハネトで参加する方法は、ハネトの衣装を着てねぶたの会場に待機しているハネトの人たちに声を掛ければ、事前の申し込みや受付なしで飛び入り参加が可能です。

青森ねぶた祭りの歴史

そもそもなぜ、青森ねぶた祭りが始まったのでしょうか?青森ねぶた祭りの歴史を見ていきましょう。

ねぶた祭りの始まり

享保(1716年~1735年)のころ、 油川町付近で弘前のねぷた祭を意識して、灯籠を持って歩き踊ったということが始まりと言われています。

手で持てる程度なので数人~数十人でワイワイ踊る程度だったと想像できます。

歌舞伎などをモチーフにするようになったのは、 文化年間(1804年~1818年)だろうと言われています。跳人は、安永年間(1772~1781)の記録からしてこの頃に名称が誕生したと思われます。

明治になると、 ねぶたは一層大型化するようになりました。なんと高さが20mほどにもなり、 100人掛かりで担ぐほどだったとか。

倒れたらひとたまりもありませんね。巨大化に伴い、祭りもずいぶん賑やかになりました。

明治6年、 菱田重喜青森県令が「地方の旧習は 野蛮な悪習だ」と一方的に決め付け、 ねぶた祭の禁止令を出しました。この禁止令は、明治15年には解かれることになりましたが、9年もの間、ねぶた祭は行われることはありませんでした。

巨大化して盛大に盛り上がっていたねぶた祭りですが、禁止令が解かれて喜ぶも、そのねぶたの大きさは小さくなっていたのです。

っというのも、禁止令が出されていた間も、こっそり行っていたようです。目立たないように小さくしていたため、その名残を受け継いで行っていたのかもしれません。

そしてこの時代は電気が普及しました。電線を張るようになったため、巨大すぎるねぶたは電線に引っかかる恐れがあります。そのため小さくなっていった理由でもあるのです。

昭和に入ると世は戦争の時代に突入です。昭和20年、戦災により祭りはまた中止に追われました。翌年には再開しましたが、進駐軍を気にしながら行われたと言われています。

そして戦後から、高度成長期に突入します。明るい日本を目指して賑やかな祭りへと変わっていきました。

現在では、期間中の人出が300万人を超える国内有数のお祭へと成長を遂げています。ねぶた祭りは、1980(昭和55)年に、国の重要無形文化財に指定されました。

ラッセラーの意味

「ラッセラー」の意味とは?

らっせーらー! らっせーらー!らっせ らっせ らっせーらー!!独特の掛け声を行う青森ねぶた祭りは、広く伝えられている説として、その意味を「出せ出せ」が語源と言われています。

ねぶたがろうそくの灯でともされていた頃に、ねぶたを灯すろうそくを集めるために子供達が各家を回っては、「出せ出せ、ろうそく出せ、出さねばかっちゃくぞ」と、門戸で囃し立てていたそうです。

これらの「出せ」が「らせ」になり、「あー」という掛け声がついて「らっせ、あー、らっせ」に変化して、その後「らっせーらー」になったと言われています。

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まとめ 青森の迫力満点のお祭りは参加型

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ラッセラーラッセラー、ラッセ ラッセ ラッセラー ニャー!パラ。

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